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釧路地方裁判所 昭和29年(行)3号 判決

原告 小田島達夫 外二名

被告 網走市公平委員会

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「網走市教育委員会が原告等に対してなした別紙(二)及び(三)掲記の各処分について原告等が審査請求をしたのに対し被告が昭和二十八年十二月二十八日付を以てなした別紙(一)掲記の判定中懲戒免職を取消した部分を除きその余は之れを取消す、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として原告小田島達夫は、網走市立中央小学校(校長須貝麟太郎在勤)、又原告中村知久、近江幸之助は網走市立網走小学校(校長小林金太郎在勤)の各教諭であり、被告網走市公平委員会は地方公務員法第七条に基き同法第八条所定の事務を処理するため網走市に設けられた行政庁であるところ、(一)網走市教育委員会は昭和二十八年五月十六日原告小田島に対しては網走市立中央小学校教諭を免じ同中園小学校教諭に、原告中村に対しては網走市立網走小学校教諭を免じ同嘉多山小学校教諭に、原告近江に対しては網走市立網走小学校教諭を免じて同音根内小学校教諭に各補する旨の転任発令をなしたが右転任発令処分は、(イ)北海道内の教職員二万六千余名を以て組織する北海道教職員組合の網走市支部書記長である原告小田島、同副委員長である原告中村、同組織部長である原告近江が何れも右組合の役員であり且つ右組合のために活動したため、之れを弾圧するためになされた不利益処分であつて地方公務員法第五十六条に違反し、(ロ)原告等の勤務する各学校の校長の意見を聞かずに抜打的になされたものであり、教育公務員特例法第十三条第五項の趣旨に反し、(ハ)教諭の転任につき勤務小学校長の意見を予め聞くという教育行政上の慣習法に反し、(ニ)昭和二十三年十月二十一日附北海道教育部長通牒(子学第二三四八号)、及び昭和二十四年四月八日北海道教育委員会と北海道教職員組合の申合せにより確認された右組合の人事についての具申権を無視し、右組合網走市支部と網走市教育委員会との間に定められた昭和二十八年二月十八日附協議に関する覚え書きに反し、右組合網走市支部との協議を欠き取消さるべきものであるから、原告等三名は右転任発令に従うことを拒否したところ、(二)網走市教育委員会は右拒否は地方公務員法第二十九条第一項第一号、第二号に該当すると称して、昭和二十八年六月二十六日原告等三名の各本職を免ずる旨の懲戒免職処分をした。然しながら右懲戒免職処分については地方公務員法第二十九条第一項第一号、第二号に該当する事由は全くない。又右懲戒免職処分は前記(一)(イ)乃至(ニ)と同様の理由により違法である。のみならず右懲戒免職処分については、(イ)労働基準法第八条第十二号の教育の事業に従事する職員である原告等については、地方公務員法第五十八条第三項(本項中「勤務条件」には懲戒免職処分は含まれない)の適用がないから、労働基準法第二十条第一項但書後段、同条第三項に基き労働基準監督署長の認定を受けなければならないのであるに拘らず、右認定を欠くから違法である。(ロ)網走市教育委員会は「網走市職員の任免及び服務に関する条例」を適用したが、右条例は昭和二十六年八月十三日から施行された地方公務員法第二十九条第二項により網走市の一般職員にのみ適用さるべきものであつて教育職員については適用がない。教育職員については教育公務員特例法第二十五条の二により昭和二十七年十一月一日教育委員会法第七十条第一項により網走市教育委員会の設置せられる迄は北海道立学校の職員の例により、昭和二十七年十一月一日以後は特に教育職員の懲戒の手続及び効果に関する網走市条例を制定しなければならないのに之れを欠いている。(ハ)地方公務員法第二十七条の「すべて職員の分限及び懲戒については公正でなければならない」との明文に反し感情的な恣意によつてなされた懲戒権の濫用であつて許されないことである。従つて原告等三名は昭和二十八年七月十三日右転任発令並に懲戒免職処分に関する審査を請求したところ、(三)被告網走市公平委員会は昭和二十八年十二月二十八日右(一)の転任発令を承認し右(二)の懲戒免職処分を懲戒停職三ケ月に修正する旨の判定をした。けれども右判定は網走市教育委員会が冒したと同様の誤りを重ねているので、右(一)(二)に述べた点をここに援用するが、更に右判定は(四)(イ)網走市教育委員会の処分が感情的であり、地方公務員法第五十六条違反の点なしとせずこれを遺憾な点であるとしつつ不利益処分ではないとなし結局右主張を排斥するが如き矛盾を冒し、(ロ)教育公務員特例法第十三条違反の主張につき判定に困難であるが法には違反しないと認定しながら何故に然るかの理由を示さず、(ハ)前記北海道教育部長通牒の有効性を認定し、且つ前記人事に関する教育行政上の慣習法の存在すること並に右教育委員会の処分が之れに反してなされたことを認定しながら今後同委員会の反省を望むとその判断をさけており、その理由に齟齬があるので取消を免れず、よつてここに右判定中懲戒免職を取消した部分を除きその余は之れを取消す旨の判決を求めるため本訴請求に及ぶと陳述し、被告の主張に対し(一)原告等は公務員とはいえ、その勤務関係は他の一般労働者と本質的に異なるものではなくそれ故一般権力関係において説かれる公定力の問題をたやすく公務員の勤務関係にもちこむことは許されない。のみならず原告等は本件転任発令処分の違法性を争つているのであるから、右転任発令処分が当事者間の自主的交渉によつて或は又第三者によつて有効無効の決定又は判定あるまでは何れとも決し難い状態にあるものというべく、行政処分の公定力の問題ははじめより生ずる筈がない。(二)又若し右転任発令処分が取消されるが如きことがあれば原告等は赴任してもすぐ現在校に復帰することになり、授業に支障を来し、児童生徒の人格形成に直接参与する教育の使命にもとるのみならず、原告等が赴任すれば現在校に欠員を生じ教員補充の見通しがつかない事情にありかかる教育上の配慮から赴任延期の形で事態の解決を図ることが唯一の方策であつた。更に個人的には原告小田島については同人の妻ハツは現在網走市立第二中学校教諭として勤務しており、余儀なく別居を必要とするのみならず、右ハツは病身で安静加療を要する状態にあり、原告中村については昭和二十一年シベリヤ抑留中に壊血病に罹り六ケ月の入院加療を受けて以来虚弱体質で近時病弱であり、原告近江についてはその母が六十歳以上の老齢であり、妻は病弱で現在京都市に別居しているがその復帰同棲は不能となることが予想せられる。加之、当時北海道教職員組合網走市支部と網走市教育委員会との間に本件転任発令につき事態収拾のための交渉が継続されて居り、解決の見通しも存在したので原告等は組合員として団結権擁護のために厳正な統制に服したまでのことであり、原告等に対し組合の動きに背馳するような行動の自由を期待することは蓋し不可能である。以上諸般の事情を綜合勘案すれば赴任しないで解決を図ること以外の方法を採ることは当時の具体的状況上期待し得ぬところであつた。従つて原告等に右赴任拒否の行為の責任を問うことは出来ず、原告等の右行為は期待可能性がないと附陳した。(立証省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として原告等の主張事実中、原告小田島が網走市立中央小学校、又原告中村、近江が網走市立網走小学校の各教諭であつたこと、原告等三名がいずれも北海道教職員組合網走市支部の組合員であり、原告小田島が同組合網走市支部書記長、原告中村が同副委員長の役職にあつたこと、網走市教育委員会が原告等主張の如き転任発令処分及び懲戒免職処分をしたこと、原告等三名がその主張日時右転任発令処分及び懲戒免職処分を不服として被告網走市公平委員会に審査請求をしたところ同委員会が原告等主張の如き判定をしたことは認めるがその余の事実はすべてこれを争う。

(一)  網走市教育委員会のなした転任発令処分について。

(イ)  地方公務員法第五十六条違反の主張について。

行政庁に所属する職員に対する転任処分は本来任命権者の自由裁量処分に属し不利益処分の対象とはならないものなるところ、原告等に対する転任発令処分は地域社会の公選により公正な民意を反映する合議体である網走市教育委員会が昭和二十八年四月六日決議せる教員異動の五原則(一、資質のバランスを計る。二、市内の多級校は養成の場と考えて欲しい。三、同一校に五ケ年以上の者は異動の対象とする。四、部落と市街側との交流を考える。五、一校一家族の形態は成るべく避けたい。)に基き単に網走市内のみにおける教員異動をなしたに過ぎず転任発令に当つては、原告等の家庭事情、生徒に与える影響、個人的事情も充分考慮し、手続上も同時に転任発令された他の教員等との間に何等差別することがなかつたもので、本件転任発令処分は原告等が組合の役員であり且つ、組合のため活動したことの故をもつてなされた不利益処分ではない。

(ロ)  教育公務員特例法第十三条第五項違反の主張について。

同法第十三条第五項は教員の採用及び昇任の場合に限り、選考権者がその学校の校長の意見を聞かねばならぬ趣旨であると解すべきであるから、転任に際し学校長の意見を聞かなかつた本件転任発令処分は違法ではない。

(ハ)  北海道教職員組合の人事についての具申権を無視し、右組合網走市支部と網走市教育委員会との間に定められた協議に関する覚え書に反し、右組合網走市支部との協議を欠き違法であるとの主張について。

地方公務員は本来団体協約を締結することは禁じられ、又勤務条件の範囲を超えた人事に関する事項については地方公共団体の当局と交渉することができないものであるから右人事に関する具申権は無効と解すべきである。仮に然らずとするもそれは法令、条例、規則等に牴触しない限りにおいて効力を有するに過ぎないものと解すべきであづて、必ずしも法的拘束力を有するものでないから、網走市教育委員会が右人事に関する具申権を無視したとしてもそれは道義的責任を問い得るは格別、何等違法の廉はない。況んや原告等の主張する右人事具申権なるものは単に組合から教育委員会に教職員の人事に関し意見を述べることができる趣旨のものであつて教育委員会から組合に事前に意見を求めなければならない趣旨のものとは解されない。のみならず北海道教職員組合網走市支部が網走市教育委員会と交渉するためには登録を受けることが絶対の要請であつて、右教育委員会が登録を受けない職員団体である右組合網走市支部と協議に関する覚え書を取交し協定を結んだとしても右は紳士協約にすぎず法的拘束力を有しない。それ故仮に右教育委員会が右協定に違反し右組合網走市支部との協議を欠くも違法ではない。

(二)  網走市教育委員会のなした懲戒免職処分について。

(イ)  原告等は網走市教育委員会の転任発令に対して転任辞令拒否届を提出し、同委員会から再三の赴任勧告を受けたにも拘らず頑強に赴任を拒否しつづけたものであり、之れに対し同教育委員会が地方公務員法第二十九条第一項第一号、第二号に該当するとなし原告等を懲戒免職処分に付したものである。従つて原告等の右赴任拒否は行政処分の公定力を無視せるものであつて、斯る所為を是認するにおいては行政は個人の恣意に左右される結果となり社会に及ぼす影響は破壊的であるので原告等の所為は地方公務員法第二十九条第一項第一号、第二号に該当することは明らかである。

(ロ)  労働基準法第二十条に違反するとの主張について。

労働基準法第八条第十一号、第十二号、第十六号及び第十七号所定の業務に従事する職員について労働基準法の規定は、同法第二条、第八十五条、第八十六条、第八十九条から第九十三条及び第百二条の規定を除いてすべて適用されるものであるが、但しこの適用ある場合においても右職員に対しては労働基準監督機関の職権は地方公務員の本来の人事行政の監督機関である人事委員会又は地方公共団体の長が行うものとし、労働基準監督機関にはその監督権がないというのが地方公務員法第五十八条の趣旨であるから、仮に勤務条件の中に懲戒免職が含まれないとしても、右趣旨からみて労働基準監督署長には監督権がないものと解すべきである。従つて労働基準監督署長の認定を欠くも違法ではない。

(ハ)  地方公務員法第二十九条第二項に定める「職員の懲戒の手続及び効果」に関する網走市条例なくしてなされた違法があるとの主張について。

地方公務員の身分を有する公立学校の教員に対しては原則として地方公務員法が適用されるのは当然である。従つて教員の懲戒について他の職員と別箇にその手続を条例で定める必要はない。而して原告等に対する懲戒処分についてはその手続を昭和二十八年六月十六日公布並びに施行の網走市職員(教員を含む)の任免及び服務に関する条例によつたものであるから網走市教育委員会のなした懲戒免職処分はその手続において違法の廉はない。

以上網走市教育委員会が原告等に対してなした転任発令処分並に懲戒免職処分は違法ではなく、たゞ右懲戒免職処分は原告等にとつて、いささが酷に失するを以て、被告網走市公平委員会において、右懲戒免職処分を懲戒停職三ケ月に修正する旨判定したのであるから、仮に判定理由中に説明不充分の点があつたとしても結局右判定は正当であり、原告等の本訴請求は理由がないと陳述した。(立証省略)

理由

原告小田島が網走市立中央小学校教諭であり、又原告中村同近江が網走市立網走小学校の各教諭であつたこと、昭和二十八年五月十六日網走市教育委員会が原告小田島に対しては網走市立中央小学校教諭を免じ同中園小学校教諭に、原告中村に対しては網走市立網走小学校教諭を免じ同嘉多山小学校教諭に、原告近江に対しては網走市立網走小学校教諭を免じ同音根内小学校教諭に各補する旨の転任発令処分をしたこと、原告等三名が右転任発令に従うことを拒否したところ同委員会は同年六月二十六日原告等三名に対し各本職を免ずる旨の懲戒免職処分にしたこと、原告等三名は之れを不当として同年七月十三日被告網走市公平委員会に対し転任発令並に懲戒免職処分に関する審査を請求したところ、被告は同年十二月二十八日転任発令を承認し、懲戒免職処分を懲戒停職三ケ月に修正する旨の判定をしたことは何れも当事者間に争のないところである。

原告等は請求の趣旨において被告網走市公平委員会のなした右判定中懲戒免職を取消した部分を除きその余は之を取消す旨訴求する。思うに公平委員会の行う原処分を修正する判定は、当該処分を直接に修正する効力を有し、懲戒免職処分が懲戒停職三ケ月に修正されたときはその効力がさかのぼり当初より懲戒停職三ケ月の処分がなされたことになり、懲戒免職処分はその効力を失うに至るべきものである。従つて原告は請求原因において懲戒免職処分の瑕疵を主張するがすでに請求の趣旨において懲戒免職処分の取消を求めていない以上、懲戒免職処分の瑕疵については之れを判断する必要がない。よつて本件は結局転任発令処分並に懲戒停職処分の違法を争うことに帰するわけであるが原告主張の(二)(イ)の労働基準法第二十条違反の点は懲戒免職処分にのみ特有な取消事由であるから之れを除き、以下順次転任発令処分並びに懲戒停職処分につき違法の有無を判断する。

一、転任発令処分について。

(一)  地方公務員法第五十六条違反の主張について。

被告は転任発令処分は本来任命権者の自由裁量処分に属し不利益処分の対象とならないものである旨主張する。思うに転任発令処分は人事行政上の措置として任命権者の自由裁量に委ねられ、任命権者が一方的に命じ得べき性質のものであるが、かかる故に転任発令処分が不利益処分の対象にならないということはあり得ない。蓋し、職員団体の活動を阻止せんがために任命権者の恣意により当該職員に転任させるような場合は地方公務員法第五十六条に違反すること勿論だからである。よつて転任発令処分が自由裁量処分なるが故に直ちに不利益処分の対象とならないとする被告の主張は採用の限りではない。よつて進んで本件転任発令処分は原告等が北海道教職員組合網走市支部の役員であり、且つ右組合のため活動したことの故をもつてなされたものであるか否かを考察する。

原告小田島が北海道教職員組合網走市支部の書記長であり原告中村が同組合副委員長であつたことは当事者間に争なく証人小南邦雄の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証並びに原告近江本人尋問の結果によれば原告近江が同組合組織部長であつたことが窺われる。そして成立に争のない甲第三十七号証、証人吉井侃、鶴丸玄の各証言を綜合すれば、北海道教職員組合網走市支部は昭和二十七年末から同二十八年春にかけて、網走市教育委員会に対し同委員会教育長斉藤孝三の更迭を強く要望し、昭和二十八年四月一日同人の任期満了後はその再任を希望しない旨申入れをなしたこと、教職員定員問題、教職員に対する研修費支給問題等で相当活溌な交渉が同委員会との間に行われたことが認められるが、原告等の言動が他の組合役員に比し特に活溌であつて網走市教育委員会が原告等に対して悪意を有していたと認めるに足る証拠はない。その他原告等が組合活動を行つたが故に本件転任発令処分がなされたものであることを認めるに足る適切な証拠はなく、むしろ右転任発令処分は網走市教育委員会の昭和二十八年度教育目標の一環としてなされたものであることが認められる。即ち、成立に争のない乙第四号証、乙第十四乃至第十六号証、証人宮本金次、斉藤孝三の各証言並びに証人松本ウタの証言の一部を綜合すれば網走市教育委員会では従来その所管する網走市内の小中学校(小学校二十四校、中学校十四校)において市街校(網走市立網走小学校、同網走中央小学校、同網走西小学校、同網走第一中学校、同網走第二中学校)と部落校(右以外の小中学校)との間に教員の資質面、教育指導の面、教育設備の面に著しい懸隔があつたので昭和二十八年度においてはかかる市街校と部落校間の不均衡を是正し教育の機会均等を実現することをその主要目標とすることにしていたが、その一環として市街校と部落校との人事交流を行い以て停滞せる教育人事の刷新を図ることとし、同年四月六日第八回網走市教育委員会臨時会議において、(イ)資質のバランスを計る。(ロ)市内の多級校は養成の場と考えて欲しい。(ハ)同一校に五ケ年以上の者は異動の対象とする。(ニ)部落と市街側との交流を考える。(ホ)一校一家族の形態は成るべく避けたいとの教員異動の五原則に基き人事異動を行うことが付議せられ、右五原則の趣旨で教育長が異動原案を作成し、その実効を期するため予め、本人及び所属学校長の意見を聞かずに人事異動を行うことにし、同年五月十九日網走市教育委員会協議会において人事異動につき秘密会を開き、教育長作成の異動原案につき審議したところ、結局原案通り原告等を含む十六名の教員につき異動を行うことに内定し翌二十日第十回網走市教育委員会定例会において原告等を含む十六名の教職員に対し、同年五月十六日附で転任発令処分を行う旨正式に議決したことが認められ、原告等のみに対し殊更に異つた取扱がなされたものでないことが窺われる。もつとも前記乙第十四号証によれば、市街校より部落校に転任を命ぜられたのは原告等三名のみであることが窺われるが、地方公務員法第五十六条にいわゆる不利益な取扱にあたるかどうかは、学校の規模、家庭経済に及ぼす影響等のみによつて決せられるものではなく、右転任が教員として当然経なければならない地位であるとか、原告等の将来のため従来の環境を一時変える必要があるとかその他あらゆる事情を勘案して綜合的に決せられるべきものなのである。而して証人斉藤孝三の証言によれば原告等はいずれも上席教諭として赴任するものであることが認められ、従来の地位に比し格別不利益な地位におかれたものであるとは断言できないから、市街校より部落校へ転任を命ぜられたことの一事をもつて、直ちに不利益処分であると断ずることができない。更に原告等は本件転任発令処分は北海道教職員組合網走市支部の組合活動を弾圧するためになされた不利益処分である旨主張するが、原告等の転任により組合活動が阻害せられ麻痺するに至るような事情を認めるに足る証拠はない。よつて本件転任発令処分には地方公務員法第五十六条違反の事実はないから、この点についての原告等の主張は採用することができない。

(二)  教育公務員特例法第十三条第五項違反の主張について。

原告等は本件転任発令処分は原告等の勤務する各学校の校長の意見を聞かずに、抜打的になされたものであり、教育公務員特例法第十三条第五項の趣旨に違反する旨主張するから考察する。思うに公立学校の教員の人事については、校務を掌り所属職員を監督する職責を有する学校長の意見を十分尊重して行わるべきものである。蓋し教育は地域社会の協力のもと学校長を中心として所属職員が一体となつて始めてその目的たる子女の人格の完成、心身の育成が期し得られるものだからである。而して教育公務員特例法第十三条第五項は、教員の採用及び昇任につき選考権者はその学校の校長の意見を聞いて行わなければならない旨規定するが、右は前述の如く学校長の監督権を尊重する趣旨に出でた法意に外ならない。従つて採用、昇任の場合のみならず公立学校の教員の人事についてはすべて現場の責任者である校長の意見を聞くことが人事管理上好ましいことであることは言うまでもない。しかしながら右規定は学校長の所属職員に対する監督権を尊重したにとゞまるものであるから選考権者としては必ずしも校長の意見に拘束さるべき筋合のものではない。即ち同法第十三条第五項は訓示的規定と解するを相当とする。従つて学校長の意見を聞かないで行つた本件転任発令処分をもつて格別違法であるとなすことはできない。よつてこの点に関する原告等の主張は採用することができない。

(三)  教諭の転任につき勤務小学校長の意見を予め聞くという教育行政上の慣習法に違反するとの主張について。

原告等は教諭の転任につき勤務小学校長の意見を予め聞くことは永年にわたる教育実務上の取扱であり、右取扱例はすでに法的確信にまで高められていると主張する。而して証人津坂武、富岡忠義の各証言によれば、教諭の転任に際しては転出入学校の校長の意見を聞いて行つていた事実を認めることができるが右事実を以て直ちにそれが拘束力をもつた法的規範の性格を帯びるに至つたものとは到底認めることができない。その他原告等主張のような規範としての慣習が教育行政上確立していることを認めるに足る証拠はない。よつてこの点についての原告等の主張も採るを得ない。

(四)  北海道教職員組合の人事についての具申権を無視し、右組合網走市支部と網走市教育委員会との間に定められた協議に関する覚え書に反し、右組合網走市支部との協議を欠くの違法があるとの主張について。

原告等は本件転任発令処分は昭和二十三年十月二十一日附北海道教育部長通牒(子学第二三四八号)及び昭和二十四年四月八日北海道教育委員会と北海道教職員組合の申合せにより確認された右組合の人事についての具申権を無視した違法がある旨主張する。而して成立に争のない甲第十四号証(昭和二十三年十月二十一日附北海道教育部長通牒(子学第二三四八号))甲第十五号証(人事に関する件と題する書面)甲第三十九号証(北海道教職員組合労働協約)証人大野直司、高田治郎の各証言の一部を綜合すれば右組合の人事具申権は昭和二十二年十月二日以来北海道教職員組合と北海道知事との間に存していた労働協約が昭和二十三年七月三十一日政令第二百一号の施行に伴い失効したのでこれに代るべき措置として同年十月二十一日発せられた北海道教育部長通牒(子学第二三四八号)中に規定されたところのものでその内容は「教職員を罷免転勤しようとするときは教育の改善を主とし尚本人の事情も十分考慮する、その場合個々の人事については組合は意見を具申することができる」という趣旨であつて、更に右人事具申権は北海道教育委員会設置に伴い昭和二十四年四月八日北海道教育委員会と北海道教職員組合の申合せにより確認されたことを認めることができる。然しながら右人事具申権は政令第二百一号の施行により、北海道教職員組合が労働協約を締結する権利能力を喪失後、北海道教育部長通牒として通達されたものであるからその文言において前記労働協約中に規定された条項と類似するものがあるとはいえ、その法的性質はこれと異り、何ら拘束的性質を有するものではなく教職員の人事異動につき組合の意見具申権を認めたにとどまり原告主張のごとき意味の法的規範性はこれを有しないものと解すべきである。従つて右人事に関する具申権を無視し人事異動がなされても右処分をもつて直ちに違法であるとなすことはできず、本件において原告等に対する転任発令処分が右人事具申権を無視して行われたとしても右は道義的責任を負うにとゞまり、右処分自体の効力を左右するものではないのである。よつて右主張は採用に価しない。

次に原告等は本件転任発令処分は北海道教職員組合網走市支部と網走市教育委員会との間に定められた昭和二十八年二月十八日附協議に関する覚え書に反し、右組合網走市支部との協議を欠き違法であると主張するので判断する。成立に争のない甲第三十六号証、証人吉井侃、鶴丸玄、宮本金次の各証言を綜合すれば、右協議に関する覚え書は北海道教職員組合網走市支部が未登録の職員団体であるので登録された職員団体と同様の交渉権を持つための措置として、昭和二十八年二月十八日右組合網走市支部と網走市教育委員会との間に定められた取り極めであることが窺われるが、かかる覚え書はその成立の経緯よりみて、右両者が協議をする際の一応の準則を定めたものに過ぎず何等法的に拘束力を有するものではないと解するのが相当であるから、網走市教育委員会において右覚え書を無視し、協議に応じない事実ありとしてもこれを以て直ちに違法であると断ずることはできないのである。よつて原告等の右主張も採用に価しない。

右のとおりであつて、原告等の本件転任発令処分の取消請求はいずれも理由がないものというの外はない。

二、懲戒停職処分について。

(一)  被告は原告等が網走市教育委員会より転任発令をうけたのに拘らず赴任を拒否したことは行政処分の公定力を無視したものであるから当然地方公務員法第二十九条第一項第一号、第二号の懲戒事由に該当する旨抗弁するが右転任発令処分が有効であるか無効であるかは判決をまつて始めて確定さるべき事柄であり、行政処分なるが故にその内容に存する違法を違法なしとして確定する効力があると断言できないことは言を俟たぬところであるから被告の抗弁は採用の限りではない。すすんで被告網走市公平委員会のなした懲戒停職処分に原告等主張の如き違法があるか否かにつき審按する。成立に争のない甲第十六乃至第十九号証、証人吉井侃の証言により真正に成立したものと認められる甲第二十一乃至第二十八号証、前記乙第十四号証、証人吉井侃、古田朝一、小林金太郎、須貝麟太郎、大野直司、篠尾秀治、松本ウタ、宮本金次、斉藤孝三の各証言並びに原告小田島、同中村、同近江各本人尋問の結果を綜合すれば、網走市教育委員会は五月二十日第十回同委員会定例会の議決に基き原告等を含む十六名の教員に対し同月十六日附で転任発令処分をなし、右転任辞令はその頃同人等に送達されたが右転任発令処分は従前の人事異動と異なり事前に転任該当者及び所属学校長の意見を聞かずになされたため、転任該当者の一部に動揺を与え、世論の注目を浴びるに至つたこと、同月二十三日網走市労働協議会議長古田朝一は右転任発令処分を不当として網走市教育委員会教育委員長宮本金次、同教育長斉藤孝三に対し本件転任発令処分は北海道教職員組合網走市支部に対する不当弾圧であるから再検討再審議するよう要望したこと、同月二十五、六日の両日網走市議会は本件転任発令処分を議題に付し、宮本委員長、斉藤教育長を喚問して本件転任発令処分の経緯を聴取し、特別委員会を設置して本問題を検討した後「今回の教職員人事につき教育委員会の決定に対し世論の批判あるに鑑み近き日に開催さるべき委員会において機会をとらえ民主的に本問題を善処せられんことを要望する」旨の決議をなしたこと、同月二十六日網走市小中学校長会も右教育委員会に対し今回の人事異動の円満解決を要望し又同月三十一日網走市連合父母と先生の会においても今回の人事異動につき再検討をなすべきことを要望したこと。これより先同月二十五日原告等三名は転任辞令受領拒否届を右教育委員会に対し提出すると共に地方公務員法第四十九条により転任発令理由説明書の交付を求め、爾後の措置をすべて北海道教職員組合網走市支部に一任したこと、北海道教職員組合中央委員会ではこれを全道的な問題としてとりあげることとし本件転任発令処分の撤回を求めるため、同組合網走市支部に組合専従職員を派遣し右教育委員会との交渉にあたらせたこと、同組合網走市支部は右教育委員会に対し本件転任発令処分をすべて白紙に還元し爾後の事態の収拾は右教育委員会と同組合網走市支部両者の話合によつて解決すべき旨申入れをしたこと、而して網走市教育委員会では緊急教育委員会開催の要を認め、同月三十一日各教育委員を招集して緊急教育委員会を開いたところ、鴻巣教育委員より今回人事異動について再審議をすべきである旨の緊急動議がなされ、松本教育委員が右動議を支持したので、再審議の要否につき諮問したが、三対二で右動議は否決せられ、結局今回の人事異動については再審議を行わないことになつたこと、又同日網走市長、同市議会議長、網走市連合父母と先生の会代表、労働協議会の代表、網走市教育委員会の代表、北海道教職員組合網走市支部の代表による事態収拾を図る所謂六者会談が開催せられたが既に右教育委員会で再審議せずとの決定を行つた後であるので何等解決をみるに至らなかつたこと、よつて右教育委員会は右組合網走市支部の申入れに対し同年六月四日、本件転任発令処分は多少教育委員会側に落度があるとしても、不当人事ではなく爾後の事態収拾は教育委員会側の責任において最善の努力をはらうが人事具申権は地方教育委員会には当てはまらない旨回答しその後右組合網走市支部の申入れには応ぜず、同月九日右組合網走市支部に対し本件転任発令処分に関する交渉を打切つたこと、一方右教育委員会は最後まで赴任を拒否した原告等三名に対し書面又は口頭で赴任を勧告慫慂したが原告等三名は依然発令前の勤務校にとゞまり赴任拒否をつゞけたので同月二十六日右教育委員会は原告等三名の各本職を免ずる旨の懲戒免職処分にした事実を各認めることができ右認定を左右するに足る証左はない。右のごとき場合において原告等が右教育委員会の転任発令処分に応ぜず赴任拒否をした事実が果して懲戒事由に該るか否かにつき考えるに、原告等は従来の教員異動の例と異なり、予め校長及び本人の意見を聞くことなしに転任を命ぜられたものであつて、直ちに赴任し難い心情にあることは諒するに余りあるが、他方原告等は児童の教育に従事し全体の奉仕者として公共のために勤務すべき職責を有する教育公務員であり、子女の人格の完成、心身の向上育成という崇高な使命を有する者であつて、右使命を自覚せず転任辞令を任命権者に返却し、任命権者の屡次に亘る赴任勧告に応ぜず、転任発令後一月余も赴任拒否を続けた所為は教育公務員たるの義務に違反し教育の職務を怠つたものであるというに妨げなく、被告網走市公平委員会が前記諸般の事情に鑑み原告等三名に対し懲戒停職三ケ月の処分に付したのは、まことにやむを得ざるに出たもので決して不当な処分ということはできない。原告等は転任発令をうけて後その転任校に赴任し、不利益処分として争うことは当時の状勢上期待し得ぬところであつた旨主張するが、原告等の挙示援用に係る全証拠を以てしても原告等が当時赴任できない状況にあつたとは認めることができないから右主張は採るを得ない。

(二)  本件懲戒停職処分が原告主張(一)(イ)乃至(ニ)と同様の理由により違法であるとの主張について。

(イ)  地方公務員法第五十六条違反の点について。

本件懲戒停職処分は原告等が網走市教育委員会の屡次に亘る赴任勧告に応ぜず教育公務員たるの義務に違反し職務を怠つた故になされたものであることは前記認定のとおりであつて、原告等が北海道教職員組合網走市支部の役員であり且つ右組合のため活動したため右組合を弾圧するためになされたものであるとは認めることができないからこの点についての原告等の主張は理由がない。

(ロ)  教育公務員特例法第十三条第五項違反の点について。

教育公務員特例法第十三条第五項の趣旨は校長の監督権を尊重したもので右規定は訓示的規定であると解すべきことは前に説示したとおりである。従つて教諭の停職につきその学校の校長の意見を予め聞くの要がないことは言を俟たないから右主張も採用できない。

(ハ)  教育行政上の慣習法に違反するとの点について。

教諭の停職につき勤務小学校長の意見を予め聞く慣習についてはこれを認めるに足る証拠はない。よつてこの点についての原告等の主張も失当である。

(ニ)  北海道教職員組合の人事についての具申権を無視し、協議に関する覚え書に反し、右組合網走市支部との協議を欠くの違法があるとの主張について。

人事についての具申権を無視し協議に関する覚え書に違反し右組合網走市支部との協議を欠いた事実を以て直ちに違法であるとなすを得ないことは先に説示したとおりである。よつて原告等の右主張は採用に価しない。

(三)  地方公務員法第二十九条第二項に定める「職員の懲戒の手続及び効果」に関する網走市条例なくしてなされた違法があるとの主張について。

原告等は「網走市職員の任免及び服務に関する条例」は地方公務員法第二十九条第二項により網走市の一般職員にのみ適用さるべきものであつて教育職員については適用なく教育職員については教育公務員特例法第二十五条の二により昭和二十七年十一月一日教育委員会法第七十条第一項により網走市教育委員会の設置せられる迄は北海道立学校の職員の例により昭和二十七年十一月一日以降は特に教育職員の懲戒の手続及び効果に関する網走市条例を制定しなければならないのに之を欠いており、右条例なくしてなされた懲戒停職処分は違法である旨主張するから判断する。地方公務員の身分を有する公立学校の教員の分限及び懲戒については、教育公務員特例法に規定されているが、右特例法に規定されていないもの及び同法の規定と牴触しないものについては地方公務員法が適用されるものと解すべきである。蓋し教育公務員特例法は教育公務員の特殊な職責に鑑み、一般公務員に適用される国家公務員法、地方公務員法の特例を規定したものであるが教育公務員に対し一般公務員に適用される右国家公務員法、地方公務員法の適用を排除したものではないからである。従つて原告等の懲戒手続につき殊更に一般職員と異つた手続をとる必要がないものといわなければならない。而して前記乙第十四号証によれば、網走市職員の懲戒の手続及び効果については昭和二十八年六月十六日制定公布せられた「網走市職員の任免及び服務に関する条例」に詳細な規定があり、本件懲戒停職処分も右条例によつたものであるから何等違法の廉はない。よつてこの点についての原告等の主張も採るを得ない。

(四)  懲戒権の濫用について。

原告等は本件懲戒停職処分は地方公務員法第二十七条の「すべての職員の分限及び懲戒については公正でなければならない」との明文に反し、感情的な恣意によつてなされた懲戒権の濫用であつて違法である旨主張するが、本件において之れを認めるに足る何等適切の証拠がない。よつて右主張も亦採用し難い。

右のとおりであつて、原告等の本件懲戒停職処分の取消請求も亦理由がないものというの外はない。

而して成立に争のない乙第一乃至第三号証(判定書)の全文を通覧するときは主文を含む全体の記載の中に主文を理由づける記載があることを窺うに足りるから、その理由においてたまたま多少不備な点があつたとしても何等右判定の効力に消長を来さないものと解すべきである。而して本件転任発令処分並に懲戒停職処分は客観的にみて適切妥当なものと認めるべきであるから、之れを取消すべき限りではない。

以上のとおりであつて原告等の本訴請求はいずれも理由がないから之れを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本金弥 海野賢三郎 荒井尚男)

(別紙省略)

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